外国人の日本体験 Experiences in Japan
日本で 赤ちゃんを産む
申 男 Shin Nam
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(ルーテル大学大学院社会福祉学科在学中)
私は以前から赤ちゃんがかわくてしかたがなかった。そして今年結婚し、赤ちゃんを授かることができた。
学生をしながら主婦と妊婦生活をするのは簡単ではなく、時には学生を辞めようかと思ったほどだった。ツワリがひどくなり、鬱状態になり、夏ばてになったりして、身体状態が常に変化し気持ちもいつも揺れていた。状況はさらに悪くなり、夫の会社が破産し経済はより厳しくなった。夫や家族は帰国するようにと私に言った。でも、私はいつか大学院を卒業した私に「ママ素敵!」と子供が言ってくれるようになりたかった。そのためにはどんなことがあっても努力し、乗り越えなきゃと思った。
こんな状況で揺れる私に、おなかの小さい小さい命の声が聞こえてきた。「ママ! 私も頑張るから、ママも頑張ってよ」と。いつもいつも聞こえているような気がしていた。
私のもう一つ支えになってくれたのは、先生と学校の同級生、先輩と母子学級の同級生のかたがただった。先輩妊婦さんの友達の鬱を乗り越えた経験談や母乳をよく出すためのマッサージや母子学級の情報交換など、周りにいるすべてのかたがたが、韓国から離れ日本で子供を産む私のパワーの元になってくれたのだ。
初産の私は、まず赤ちゃんをどこで産むのかを決めなくてはならなかった。学生をしていることで、日本で産みたかった。そこで病院代が安くて、安心できる病院を学校の先輩ソーシャルワーカーが調べて下さり、家に近い久我山病院を紹介してくれた。
(久我山病院は私の母校出身者が何人もいて安心でき、赤ちゃんの悩みごとに24時間親切に応対してくれる応対だ。今でも夜中理由なく、赤ちゃんが泣き止まない時や赤ちゃんに異変があるときなど不安な時は夜中でもつい電話をしてしまう。子育てには最適な病院だと思う。)
初めての出産なので赤ちゃん用品は何もなかった。赤ちゃんの洋服やベビーカーやベビー用風呂など色々な赤ちゃん用品は学校の同級生が譲ってくれた。その中には赤ちゃん用爪切りまで入っていた。また学校の先生の紹介で、札幌の二児の母親の方より、肌着や赤ちゃんの古着がたくさん届けられ、ベビー用品は何から何まで揃い、購入する必要はまったく無くなった。その後、その方とはメールで育児交換をしていて、いまではメール友達になっちゃった。 ^0^・・
今は、小さい赤ちゃんと一緒だと外出が大変なので、常にメールで育児情報や悩みごとを母子仲間達と交換している。
私は国を離れて妊娠したので不安でいっぱいだったが、多くの日本人の支えがあり、安心して出産を迎えることができたと思う。日本での出産の経験を通じて、私は悩みごとや生活ニーズや仲間探しなど社会にある制度を利用することの大切さを知り、社会資源を利用することで出産を乗り越えられたと思う。
10月10日に元気な男の子(3,168g)が生まれた。今は、学校の授業にも赤ちゃんを連れて行っている。私の赤ちゃんはゼミの皆や先生方に愛されている。さわやかな赤ちゃんパワーと共に新米ママの私は「とても幸せ」で、将来の夢に向かって夢中で走っている。
(2002年12月8日)
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