外国人の日本体験 Experiences in different cultures
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日本で病気になって
by 朴 晶晧 (パクジョンホ, 韓国)

 ある朝、目が覚めて、布団から立ち上がった途端に倒れてしまった。 あれと思いながら、まともに立てない自分に気が付いた。 何が起こったのか分からなかった。

 でも、学校には行かなければならないので、ふらふらしながらも無事に学校に着いた。 でも、授業どころではなかった。 前の日、ちょっと風邪気味だったので、バイトも一時間で上がってしまった。ただの風邪だと思ったのに・・・。学校が終わり、うちに帰ってきたが、やっぱり変だった。バイトに電話を入れ、休むと言った。そのまま眠ってしまった。

 まだこのときは自分が大変なことになっているとは思わず、休めば何とかなると思っていた。軽く考えていた。 ところが翌日もその状態が治らないどころかもっと症状がひどくなった。 頭と足がふらふらして、まっすぐ立っていられないし、ろれつが回らないというか、声がふるえて、酔っぱらいのようにしか話せなくなってしまったのだ。

 座ったままかろうじてシャワーを浴びて、何とか薬局へ薬を買いに行った。 薬局の人は私の状態を見て、「医者に行かなければならない」と言った。 そこでやっと、自分でも病院に行く決心がついた。

 病院へ行って診てもらった。 病院はもう終わっていたが、急患として診てもらった。 血液検査などに異常はなかった。 頭の写真も撮ったが、大丈夫だった。 でも、原因は分からなかった。 しかし言葉はおかしいし、まっすぐ歩けない。異常があるのは明らかだった。 ちょっといらいらした。
 結局、もっと大きい病院で診てもらったほうがいいと4つの病院を紹介してくれた。 でも、診察料は25000円もした。 病院を紹介してもらうのに、25000円はちょっと高いんじゃないと思った。

 実はそのとき保険証を持っていなかったのだ。私は観光ビザで入国して、2月に留学生ビザの申請をした。 2か月も経てやっと3日前にビザの切り替えに来るようにと入管からの連絡が届いた。 行こうと思っていた矢先にこういう状態になった。 留学生ビザがなければ外国人登録ができず、登録がなければ保険にも入れない。 保険がなければ高い医療費はとても払えない。 この病院でも、その日は5000円だけ払って、残りは後で払うことになった。 うちに帰り、また眠ってしまった。

 普段はあまり眠くならない方なのに、眠くて眠くてたまらない。 翌日はあいにく土曜日で、紹介された病院に電話しても電話が繋がらなかった。 やっと慶応病院に繋がり、話をするとすぐに来るように言われた。 かろうじてタクシーで病院へ行って女医の先生の診察を受けたら、直ぐに入院するように言われた。 しかし入院すると個室代が1日何万円もするという。 とても自分では払える金額じゃないと思った。

 保険に加入していないことなど事情を話して、ひとまず帰ることにした。 女医の先生から大使館に相談してみたらどうと言われて、電話してみたが、応対は機械的で、よい解決策は聞けなかった。 予想通りの結果だった。 最初からあまり期待はしてなかったから、失望もしなかった。 自分ではどうにもならないので、家に帰って寝ていた。

 次の日の日曜日になっても体調は相変わらずなので、家でごろごろしていた。 突然、電話のベルが鳴った。 病院から電話がかかってきた。 思ってもなかったので、ちょっと意外だった。

  女医さんが「心配だから直ぐに入院して。お金の事は後でいい。金がないからといって追い出すようなことはしないから。それに安い部屋を用意した」などと言ってくれた。 一生懸命説得してくれた。 さらに頼んでもないのに、自ら調べて韓国大使館の緊急用の電話番号も教えてくれた。 女医さんは僕の病気を心配していたし、とても親切だった。 本当にありがたかった。 「これから病院へ向かいます。」と約束した。

 でも、もうその先生の診察時間は終わっていた。 また、他の先生に診てもらった。 結果は同じだった。 この病院は僕の病気の原因をすぐ分かった。 でも、もっと詳しく検査をして見なければ、はっきりしたことは分からない。 だから、入院してじっくり検査を受けるように言われたが、保険に入ってない僕としては、やっぱり金のことを心配しなければならない立場だった。 それで入管に行ってビザをもらい、区役所で外国人登録をして健康保険に入り、それから入院することになった。

 翌日は月曜日。連休の谷間で、役所が開いている唯一の日だった。 朝早くおきて、入院の支度をしてフラフラと歩きながら入管に行った。 途中で出会った人たちはみんな酔っぱらいと思ったらしく僕を避けて通った。 電車やバスでやっと入管に着いたが、もう長い列が出来ていた。 列の後ろに並んでいたが、まっすぐ立っていることもできない。

  入管の案内人に「こんな状態なので先にしてもらえませんか。」と頼んだ。
 僕の状態をみたら重病だということが分かったはずなのに、「みんな事情は一緒だから、後ろに並んで」と冷たく言われた。 まるで、僕が嘘をついているのではないかという目で、僕を見つめてた。 仕方がないので並んで待った。 待ってる間、ずっと考えた。
 どうして、人の言うことを信じられないのだろうって。
 外国人はみんな嘘をつく人だと思ってるのではないかって。
 だた、人を並ばせることだけで、給料をもらうのは、あまりにも楽じゃないかって。
 外国人と接することが、まさに彼らの仕事なのに、こっちの言うことは聞こうともしなかった。 ちょっと悲しかったし、すごく腹が立った。

 番が来て書類を出したら、出来上がるのを待ってくださいと言われた。
 待っていたのに、なかなか書類を渡してくれない。 後から出した人が次々に書類をもらって帰っていった。 窓口に問い合わせると、順番は変わることもあるからと言う。
 仕方がないのでまた30分ぐらい座って待っていたが、あまりに変なのでまた事情を聞きにいった。 すると登録代の印紙を買ってきてくださいと言われた。 入管の人は僕にそれを言い忘れていたのだ。 だからいつまでたっても書類が出来上がらなかったのだ。

  印紙を買ってきて渡すと、まもなく書類は出来上がった。 僕はその人がすみませんぐらい言うだろうと思っていたが、何も言わない。 当然という顔をして書類を手渡しただけだった。 自分のミスには、あまりにも優しかった。

 やっとビザが下りて、それから新宿区役所へ急いだ。 外国人登録を済ませると、あわてて健康保険の受付に行った。 書類に色々書き込まなければならないけれど、名前を書くのがやっと。 自分の名前の、たった3つの漢字を書くのにも長い時間がかかった。

 事情を話して受付の職員に「書いてくれませんか」と頼んだら「本当は駄目なんだけど」と言って登録証を見ながら書いたうえ、保険料のことなども詳しく話してくれた。 とても親切だった。

  やっと保険のことが終わり、慶応病院へ着いたときはもう夕方だった。 すぐ入院した。 病棟中の人が僕のことを知っていたので驚いた。 僕をどうしようかと大勢の人が動いてくれていたのがわかってありがたかった。

 でも、結局遅く病院へ着いたせいで、全ての検査を受けることはできなかった。 入管で少しでも早く書類を処理してもらったらよかったのにとずっと思った。 というのは、連休だったので、病院も休みに入ってしまったのだ。

 入院はしたが、基本的な検査以外には何も受けられなかった。 早く検査を受けて自分がどういう状態なのかが知りたかった。 でも、検査を受けられないので、それはとうてい無理だった。 慶応病院には1週間ばかり入院した。 検査が速く終わったら、入院期間も短くなったんじゃないかなと思った。 入院が長くなるほど、医療費も高くなるので・・・。

 僕の病気は急性の小脳炎だった。 脳に異常があるのはとても危険なことだと聞いた。 脳というところは、秒を争うところだと聞いた。 なのに、入管や保険証のことで、随分検査を受けるのが遅くなった。

 今は病気もよくなって何の後遺症もみられない。 今ではまっすぐ歩けるようになり、きちんと話もできる。 本当に幸いだった。

  だが、結果がよかったからって、全てがうまくいったとは思わない。 もし、結果が悪かったら、僕は未だに入院していたかも知れない。 恐い、恐い。

 今、あのときのことを思い返すと、親切だった日本人、冷たかった日本人、また同じ国の人間なのに親身になってくれなかった人、色々な人がいたことがわかる。 僕にとっては貴重な経験だった。 僕は今まで人って信じるものじゃないかなあと思ってた。 騙されても信じるべきだと思ってた。 だが、今回のことで、その考えが変わらないといいんだが・・・。