もう20年以上前の話になりますが、私は吉祥寺にある日本語学校で日本語教師をしておりました。当時は右も左もわからない状態でしたが、北嶋先生をはじめとする多くの先生方に時に厳しく、ほとんどの場合大変優しく(つつかれたり、蹴られたりして)可愛がって頂きながら、何とか職務をこなしておりました。
その日本語学校が惜しまれつつも閉校になったため、私は試行錯誤の末ロサンゼルスで働く決意をし、以来今日まで異国の地で日本語教育とは全く畑違いの仕事に携わって来ました。
特にこちらに来て間もない頃は生活を安定させるために仕事に没頭する毎日で、だんだん教え子達との連絡も途切れがちになってしまいました。徐々に仕事が波に乗り始めると、世界各国を飛び回るようになり、商社マンとして忙しい毎日を過ごすうちに、楽しかった日本語学校での思い出も徐々に記憶の中から薄れて行ってしまいました。
小川正さん
でも、そんな毎日を過ごしながら、いつも周りの人たちと自分だけ考え方が一致しないなあと思う時がある事に気づいたのです。最初にそれを感じたのは9.11のテロが発生した時です。
当時周りの人たちは「イスラム教徒は怖い」とか「イスラム教徒を差別するのは間違っている」とか言い合っていて、それはもっともな意見なのですが、私の頭にまず最初に浮かんだのは「日本に住んでいるバングラデッシュの学生達(実際には元学生達)はいじめられていないだろうか」と言う事で、とにかくそれが心配でいてもたってもいられなくなりました。
中国の反日デモで日本企業が襲撃され日中関係が冷え込んだ時も、私はただただ「日本いる中国の学生達は嫌な思いをしていないだろうか」とか「中国に帰った学生達はどんな気持ちでいるんだろう」という事ばかり考えていました。その間、マレーシアやフィリピン、タイ、インドネシアや台湾等々でも実に色々な事件がありました。そして最近の日韓関係の悪化に至っては、韓国と日本の関係がこれまでになく悪いというニュースを聞くにつけ、日本に住んでいる学生達やその子供たちの事までとにかく心配でならないのです。
「このサイトの最初の方に出ている韓国人のお母さんの作文にある様に、ご子息が“韓国に帰れ”とか言われているんじゃないか」と思うと、それだけで心が張り裂けそうな気持ちになります。最近は香港の学生達の事も心配になります。
そんな経験を通して、結局のところ私は日本語教師という職業がとことん身に刷り込まれていたんだなと、還暦を過ぎた今改めてしみじみ思うと同時に、日本語教師という職業は本当に特殊なものなんだと驚くばかりです。
日本政府は今後外国人の受け入れ枠を拡大する方針と聞きました。多くの若者が世界各国から夢と希望を持って日本にやってくる事でしょう。今現場で学生達を指導されている先生方、これから日本語教育に携わっていかれる若い先生方、どうかいつまでも彼らの強い味方になってあげてください。異国の地で荒波の中にある彼らの支えになってあげてください! 私も今後機会を探して、皆さんと同じ目標に向かって、残された人生精一杯努力して行きたいと思っております。
(2019年8月10日掲載)